『うつ病』が再発!そして克服するまでの道のり ~今を一生懸命生きる~

うつ病 克服22

今回は、2度目の『うつ病』になった体験をお伝えしていきます。

2度目は、初めてうつ病になったときの様に

 
「本当に死でしまおう・・・」

 
という所まではいきませんでしたが、喪失体験により身も心も引き裂かれる、つらいすぎる経験からのうつ病でした。

支えてくれて彼女との日々

前回は、初めて『うつ病』になった体験をお伝えしました。
● 死にたいと考えた『うつ病』家族や友達の大切さを知りました。

 
2度目にうつ病になったきっかけは、彼女(後の妻)との別れです。彼女は、最初にうつ病になったときに私を救ってくれた人でした。

 
初めて侵された「うつ病」から回復し仕事に復帰。職場は付き合っていた彼女と同じ職場でした。

彼女は介護士として老人介護施設のデイサービスで勤務。しかし私は介護士ではなく「機能訓練指導員」と言われる業種です。

その業務はお年寄りの身体機能を維持したり向上させる仕事。いわゆる「リハビリ」のお仕事になります。

 
その職場に勤務するようになってからも、私は「うつ病」や「自律神経失調症」についての勉強は常にし続けていました。

他県まで勉強会に参加し、ついには上級の知識や技術を習得する資格を取得するまでに至りました。
その間、私は彼女と結婚。その頃はとても幸せで、このまま時が過ぎればいいなと心から思っていたくらいです。

 
ところが結婚してから2年ほど経ち、大家さんが当時住んでいたアパートを取り壊すということで強制的に立ち退きとなたったのです。

 
それがきっかけとなり、私は以前から考えていた「独立開業」することを決心。
そう!今まで学んできた『うつ病・自律神経失調症専門の治療院』を開業したのです。

 
「自分には、うつ病になった経験もあ
る。少しでも自分と同じ立場になった人達の助けになるために頑張ろう!」

 
と本気で思っていました。

 
しかし・・・。現実は、そう簡単にうまくはいきません・・・。重くのしかかる経費、予想以上に患者さんが来院しないこと。

来院されても、なかなか顧客になっていただけなかったことで経営は厳しくなっていったのです。

 
次第に不安とプレッシャーが心を蝕んで(むしばんで)いったのです・・・。

その心の不安定さから、彼女との言い合いなどの喧嘩も多くなり、時には物を投げつけたり、罵声を浴びせてり本当にひどいことをしてしまったのです・・・。

自分が自分でなくなり、おかしくなっていたんですね。
冷静に考えてみると酷いことをしてしまったなと反省もしていますが、後悔の方がその何十倍も大きですね。

 
そして、ついに運命の日が来たのです・・・

彼女との離婚と決断

そう忘れもしない、あの日の夜・・・。

なぜか彼女が仕事が終わる時間に職場に来て、突然

 
「ごねんね・・・」

 
の一言。

私は、一瞬何のことか分からずでしたが、次の言葉は、

 
「私の荷物は全部運んだから・・・」

 
本当に何のことか理解出来ませんでした。しかし次の瞬間、「離婚届」を出されたのです。
この時、

 
「ああ、そのなのか・・・」

 
と理解することが出来ました。

でも、私は笑っていました。いや、笑うしかなかった・・・。
多分、状況が飲み込めていなかったというか認めたくなかったのだと思う。

 
自分だけのことだと思いますが、昔から私は状況が飲み込めないときは顔が笑うみたいです。

過去にもそういう場面に出くわしたとき顔が笑っていた記憶があるのです。
この時は、本当に心の芯から状況が飲み込めなかったんですね・・・。

その日は、夜ご飯を一緒に食べて別れました。

 
帰ってみると本当に彼女の荷物はない・・・。その後、数週間してようやく実感が沸いてきました。

そして、追い打ちをかけるように、治療院が潰れるのではないかという不安と恐怖、加えて離婚というショックがジワリジワリと「重り」のように体と心にのしかかってくるような感覚に襲われていたのです。

次第に仕事をすることが苦痛になってきて、ついに『うつ病』を再発してしまったのです。

 
とにかく何をしていても苦しい・・・

 
眠れない、眠ったと思っても過去の思い出と1人でいる不安と恐怖に苛(さいな)まれて、ずっと布団の中でうめいていました。

このままでは絶対にうまいくかない・・・。苦しい!外に出ることさえ苦しくてつらい・・・。
そこで、私はある決断をすることに決めました。

 
治療院を締めようと・・・

就職活動

治療院を廃業した後は就職活動の開始です。
私は、国家資格を持っていたので、それほど困らないだろうと甘くみていたのです。

 
ところが・・・
うまくいかない時は何をやってもうまくいかないものですよね・・・。

顔や雰囲気に出てしまうのでしょうか?面接をしても、しても不採用の連絡がくるばかり。

本当に人生の窮地はことことだと実感しましたが、生活をしていくためにはなんとか働き場所を見つけなくていけないので必死でした!

 
その後いくつかの面接を行い、やっとの思い出1つの職場から採用の連絡がきたのです。
その職場は、病院関係でも整骨院でもない「デイサービス」と呼ばれる老人介護施設でした。

そう、また「機能訓練指導員」としての仕事が出来るようになったのです!

 
治療院は廃業。月の職場への初出勤まで1ヶ月半ほど時間がありました。
今、自分が出来ることはとにかく「休む」ことです。少しでも心身の状態を回復させなくてはいけませんからね。

少しでも良くしようとずっと布団で寝ていましたが・・・。
ダメなんですね・・・。過去の出来事が脳裏に焼き付き、そのことでうなされ続ける毎日。本当に生き地獄のような日々でした。

 
寝ていても悪夢をみているようで、胸が締め付けられるように苦しい!!と言うより、もう本当の痛みです。
食欲もなくなり体重もこの間に-7kgほど落ちたのです。

痩せたというより”げっそり”したと言ったところでしょうか?

 
そして「悲しみ」の後には「怒り」がこみ上げてきたのでした。

私は「うつ病」の勉強をしていたので、人間の心理が「悲しみ」から「怒り」に変わることは知識として知っていたのです。でも、自分で身を持って体験することで

 
「ああ・・・本当なんだな・・・」

 
と理解することが出来ました。

 
その後、思うように心身の状態は良くならず、新たな職場での生活がスタート。

 
「はたして大丈夫だろうか?うつ病は悪化しないだろうか?」

 
不安と恐怖、喪失感で心はいっぱいでした。

業務とプライド

ところが、初出勤はしたものの、努め先の施設は「機能訓練」という名のリハビリ業務が機能していないことを知らされました。

免許保持者の自分がここに勤めることになったので、初めてそのリハビリ業務を取り入れるとのことだったのです。

つまり、体制が整っていなかったので、少しずつその体制を整えていくという状況。

 
ですので私が行う業務内容は当面、施設を利用者様であるご老人の方達のご相手・入浴時に衣服を脱がせたり着せてりするお手伝いです。

 
「なんで、私がこんなことをしなければいけないのか・・・」

 
本当に、プライドだけが邪魔をする日々でした。
もうここは辞めようと思い密かに裏で就職活動をしたりしたのですが、当然採用されることはありませんでした・・・。

 
本当にうまくいかないときは、何もやってもうまくいかない!!

 
そんなことがありつつも、こちらの職場で数ヶ月経ち仕事もだんだんと慣れてきたのですが・・・。

 
突然、入浴業務におけるご老人の方々のお体を洗う手伝い(洗体)をやってくれないか?と言われたのです。

私は一瞬「えっ??」と思ってしまったのです。
だって、私は「機能訓練指導員」としてこの職場に就職したのであって、介護をするために来たのではない!と思うのが当然ですよね?

 
でも、そのリハビリ業務体制が整っていない今、それしか仕事がないのならば言われたことをやるしかないと思ったので承知したのでした。

それでも、やはりプライドが邪魔そするのです。

 
なんで私が・・・。と。

気持ちの転機の訪れ

そんな私にも転機が訪れがありました。

離婚をしたとき苦しくて、つらい状況のときに相談していた方がいたのです。
その方は、女性の方で同業のお仕事をされています。

 
このときの私の精神状態は、電車や新幹線に乗ることすら怖い状態。
でも、「いつでも遊びにきて」という言葉を思い出し思い切って、頑張って足を運びました。

そして、その先生に体の状態を診ていただき、たくさお話や相談を出来る限りお話したのです。そして、たくさん色んなことを教わりました!

 
人としての心構え。生き方・考え方・・・。本当に感謝するくらい教わりました。

実は、この先生も過去に重病に侵され生死の境をさ迷った経験があります。それ以来生き方を変えた経験をお持ちでした。
そんな先生のもとには、もう余命が少ない方々も相談にくるそうです。

私はこのとき、

 
「人生の師」と言える人を見つけた!

 
と思った瞬間でした。

その後、一緒に「竹島」と呼ばれう場所に連れていっていただきました。
「竹島」には龍神伝説があり、その場所に連れていただいた私は何となく心が落ち着き、心地よい気分になれたのです。

 
こんな気持ちいったい何ヶ月ぶりだろう?

本当にこころの邪気が抜けていくような感覚。忘れていた感情が蘇ってきたのです。
例えるなら、母親に抱かれいるよな安心感と暖かさ。

そこは、その先生にとってもパワースポットだったのです。

 
おかげ様で、この数日間で見違えるように気持ちが変わったのです!!
その日以来です。自分の気持ちに変化が出てきたのは・・・。

とにかく「自分は今出来ることをやろう!」と思い始め、ある自己啓発のCDを購入。
このCDのおかげで本当に自分が今やるべき「指針」と「気づき」を得ることが出来たのです。

 
この日から、

●とにかくご利用されているご老人の方達に優しく接してみよう。いったいどんなことを考えているのかな?

●相手の立場に立って考えてみよう。

●自分の主観的な考えではなく、人は十人十色!その人を否定しないでありのままを受け入れてみよう。

●お体が思うように動かない方がいるけど、私は体の専門家なので、私ならではの視点でご利用者さんのお体を見てあげよう!

 
といった、前向きなプラス思考が出てきたのです!
そうしているうちに私自身やまわりの状況も少しずつ変わったきました。

 
次第にご利用さんとの会話の中で、優しさ・笑い・時には厳しさなどの忘れかけていた感情が湧いてきたのです。

それだけではありません。介護スタッフの利用者さんとの会話をしているときの笑顔や笑い声。それらが、私の荒んでいた心身に少しずつ癒しが舞い降りてきて・・・

 
「なんで自分が・・・」

 
という気持ちが無くなってきたのです!!
まさに、毎日にが感謝の日々になりました。

現在の私

本当に状況は少しづつ変わってきました。
体制が整っていなかったリハビリ体制も整い始め今では、こちらの業務のほうが多くなりました。

 
プライベートなこととしては、富士山に初登山。初登頂に成功!!

 
「なんで登ったの?」とよく聞かれますが、きっかけなんてあって無いようなものですよね。
ただただ、今の自分を変えたかっただけなんですから。

そう、とにかく何でも出来ることはやってみよう!やってみれば何か発見がるかもしれない

ただ、それだけなんです。

 
この頃になると、1人で外出することも出来るようになりました。
怖くないんです!普通のことが普通にできる喜び!

心から実感しました。

 
何かを変えるには何かをしなくてはいけない。じっとしていたって状況は変わらないんです。(もちろん静養は必要です)

 
未来をみながら少しずつ先に進ものうと決心しました。

そして、これから1年近く経った現在(2016年)、私は様々な場所に足を運び、色々な人達と話す機会を増やしたのです。

 
人によって価値観・考えかたは様々です。

色々な人達と会話することによって自分の考えのキャパ(能力)を広げていきたいなと思っています。
これによって本当に色んな発見があるんです!今まで狭い世界で生きてきたんなと実感。

 
さらに、やってみたいこともたくさん出てきました。

登山・写真・趣味だったアウトドア・・・。

 
自然の声を聞くこと、色んな人の立場にたって考えてみることで、

 
「どうして自分は今までダメだったのか?自分に足りないものは何なのか?」

 
ということが少しずつでもわかってくるようになってきたと思います。

 
そして、このブログを通じて私が知っている知識や体験をお伝えし、同じような立場で苦しんでいる人の何か助けになることを届けれられればいいなという気持ちでいっぱいです(^-^)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です